乳腺外科の中村外科医院からの紹介で、東京医大に行った。
職場と同じ丸の内線の西新宿駅で降りる。毎日降りる駅での足取りは重かった。進みたくも引き返したくもない、ここにしゃがんでいたい気持ちだった。東京医大は以前レストランあったころに入ったことある。好物のカレーを食べに入ったのだ。こんなふうに自分がかかる日がくるとは思わなかった。
今日は検査に来ただけ、まだ病気じゃないんだから、と気持ちを落ち着けながら初診の順番を待った。月の第1土曜は飛び込みの初診を受け付けてくれる(紹介状が必要、いまは違うかもしれない)。このときだけはいくら待っても構わなかった。待ち時間がうんと伸びてほしかった。
初診の受付で4階の乳腺科に行くように案内された。紹介状にあったI川先生は夏休みのため、今日はK手先生が生体検査をするとのことだった。生体検査(生検)はがんと疑がわしい場所の細胞を直接採取して検査をすることらしい。K手先生が説明しながら、太い注射器を持ってきた。先は1cmほどあったろうか。あまり見たくなかたのであいまいだ。乳房の下に挿して細胞を吸い取るという。聞いただけでクラクラした。
K手先生は、俳優の香川照之をもう少しさっぱりさせたような若手の方だった。
上半身を脱いで診察台に横になるよう言われ、緊張で震えながら汗がでる。「右手をここに置いてね」と誘導された。自分の右手がどこに置かれたのか?確認する余裕もない。分からないけど安心感を与えるためだったのか。
「パチンとしますよ、痛いけどすぐ終わります」
麻酔もなしに左の乳房から細胞が採取された。目をぎゅっとつぶって「痛い、痛い」というしかなかった。どこにおかれたか分からない右手を握りしめた。「パチン」を何回か聞いたあとで、「はい終わりましたよー」と聞こえた。痛さと怖さで動けなかった。「いつまで僕の膝に手を置いてるの?」という先生の言葉でわれにかえった。先生の膝だったのか。
生検の結果が出るのは時間がかかるとのことだった。特に、これからお盆を挟むからだ。細胞を取ったあとにテープを貼って、ここに青あざがしばらく残るとのことだった。もともと痛い箇所だったので、生検したから痛いというかんじはなかった。そういえば乳がんは痛くないという。だから気づきにくいとも。私の胸は先月から痛かった。痛いから乳がんじゃないだろう。私はまだ思っていた。
午前中で検査を終えて、午後は四谷の写真教室に向かった。
少しだけ気分を明るくしようと、黄色のカーディガンを着ていた。